こんにちは、星空スペース店長です。
今日は回想まじりの「記録」としてのブログを書いています。将来伝記になるかもね(笑)
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「おめでとう」って言葉、良いですよね。
人が何かを始めるときにも、あるいは人が何かを達成したときにも使える言葉「おめでとう」。
まことに小気味良い言葉です。
そして、そのおめでとうの言葉にかける思いの強さも、その人のことを身近に思えば程変わってきます。
挨拶としての「おめでとう」、賞賛としての「おめでとう」、そしてその先にあるのが尊敬と感謝としての「おめでとう」なんじゃないかな。
「おめでとう」と言われたとき、人は「ありがとう」と返礼の言葉を述べるのが常ですが、本当におめでとうの気持ちが強いときには「おめでとう」と「ありがとう」はイコール関係にあると思うんですよね。
その存在、その事実に救われるんです。
自分の生きる希望が一つ追加されたような気がして。
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たとえば、ある人が途方もない「結果」を残すような大仕事をしたとして、皆はその結果を見て賞賛の言葉を繰り返すだろう。
しかし、その「結果」が仮になかったとしたらどうだろうか。
それまでの努力も苦労も迷いも悲嘆も、果たして賞賛を浴びずに捨て置けるだろうか。
「いいや、それまでの過程が大事だ、結果はおまけだ」と、ある人はそう言うかもしれない。
しかし、あえて言わしてもらえば、「結果」こそがすべてだ。
結果があるからこそ、それまでの過程が語られるのだ。結果をあげたから、人は過程を語ろうと思うのだ。
でも、ここで一つの疑問がある。
過程を経ないで結果を出すのは不可能だということ。
ある小説家(※)は言った。
A professional writer is an amateur who didn’t quit.
「プロの作家とは、書くことをやめなかったアマチュアのことである。」
ならば、結果は。結果は何だというのだ。
いや、その答えはきっと過程の連続を語る先にあるものだというだけなのかも知れない。
もしくは、過程を語りたいからこそのただのきっかけに過ぎないのかもしれないね。
※『かもめのジョナサン』を書いたリチャード・バック Richard Bach
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11月のこと。
チーズ工房【千】sen 3周年を祝してボジュレー・ヌーボーを味わう会にご招待いただき、妻と一緒に参加していました。
この日は本当に特別な日に。それこそ、ワインの味わいも。
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本当に言葉に表しきれないほどの「おめでとう」と「ありがとう」の言葉を、チーズ工房【千】senの店主柴田千代さんに。
10月31日と11月1日に、第11回ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテストが開催され、73社・161作品が出品されたというのですが、なんとその最高位、つまりは日本一に、チーズ工房【千】senの「竹炭 濃厚熟成」というチーズが選ばれました。
農林水産大臣賞、チーズ職人の誰もが夢見るビックタイトルを、大多喜町の山の中にある小さなチーズ工房が受賞したのです。
これを壮挙といわずして、何を壮挙といえましょう。
わたし達はチーズのことはそんなに詳しくは知りません。
しかし、千代さんのここまでの道のりは知っている。しかもそれが決して平坦ではなく、むしろ急峻な上り坂もあり、零れ落ちそうな崖道もあったことも。
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不思議な縁といえば、不思議な縁だ。
古民家シェアハウス星空の家を立ち上げて5年半を越える歳月が過ぎたけど、あのときのことは今もよく覚えている。
今までに千人以上の人々が訪ねてきてくれた星空の家だけど、僕らが越してきた後はじめて迎えたお客さんは柴田千代さんだった。
このとき、星空の家に集まったわたし達3人には文字通りまったく何もなかった。何もかもはじめたばっかりで本当に何もなかった。
あんまり何もないからお皿だってどこかから探して、お客さんをもてなさなくてはいけなかったんだ。
だけど、何ももっていないわたし達も夢だけは大きかった。やりたいことを語り合う言葉が尽きることはなかった。
案外、それは今も変わっていないけど。いまは、両肩にずしりと乗っかる重みも、お互いに持ち合うようになった。
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後から思い直すと、幸運の連続としか言いようがないってことがある。
結果を出すような人は、そういう幸運な星の元に生まれたんじゃないかって思うような人も多いだろう。
でも僕から言わせてもらえば、人がうらやむ結果を出したような人は、その何倍も辛い目にあっている気がするね。しかも結果を出した後だって苦労し続けるね。
常人では耐え切れぬ、当然ながら当人だって七転八倒してもがき苦しんでいる、そういう辛い目にあってもなお、夢をあきらめない。
あきらめきれないから進み続けると、そこに不思議と幸運が転がっていたってことが、時々か、もしくはたまにだけど、ある。
しかも本当に不思議なことに、幸運はそういうときにしか落ちてこない。
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はじめて会ったときから只者ではないことはわかっていた。
「あの覇気で3000万はねえとおもったが」という感じ。
(漫画ONE PIECEで主人公ルフィにはじめて会った黒ひげが言う台詞)。
柴田千代さんの話をする姿は、チーズの話なんかを初めて聞く者にとっても、衝撃的だった。
「引き込まれる」なんて生易しいものではない。
チーズの話に引きずり込まれて、気づいたら千代さんというまるで台風のような存在に巻き込まれるのだ。
死闘が繰り広げられた戦場から帰ってきたかのようなくたくたの体なのに満面の笑みで千代さんはチーズのことを語る。
チーズの話はそれだけの魅力を持っていた。チーズというバトルフィールドは、命を賭けるだけのフィールドであると誰しもが納得するだろう。
だから僕は、気後れする千代さんを半ば無理やり説き伏せて東京まで引っ張りだして、チーズの話を語ってもらった(東京まで車で送迎までしたんだぜ)。
これもまた、5年も前のこと。そのときは千代さんの話を聞くために集まったのは5人だったけど。
いまでは、その千代さんのチーズは日本一になったし、話を聞きたいなんて人は五万といるようになった。
そう今では、僕の「先見の明」を自慢するってだけの話。
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[珈琲とワインのある暮らし Vingt Cinq]さんの料理とともにワインを口に運ぶ。
チーズ工房【千】senのチーズとともにワインを口に運ぶ。
当然ながらワインが美味い。
大げさではなく、今までに飲んできたワインの中で一番美味しいときをわたし達は過ごしていた。
お料理もチーズも、注がれるワインのために。すべてはこのときのために。職人たちの努力と英知が、ワインのグラスを傾けるただその際(きわ)のために結集していく。極めて、そのあまりにも美しいコンビネーション。
でもさらに、ワインを美味しくさせたのは、この饗宴に招かれた人たちとの思い出の共有だった。
この日、千代さんのご両親とともに食卓を囲ったのは、大多喜にある日本料理屋蔵精さんと手打ち蕎麦ゆいさん。
ともに大多喜における名店であり、移住者の大先輩でもある方々。
そして、ともに千代さんが工房を開くまでの苦労を知っている。
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「あと、半年がんばってみて、無理だったら北海道に戻ろうと思う」
ある日、星空の家でいつものように千代さんと食事をしていたときに、千代さんが漏らした言葉だった。千代さんが工房を開く2年くらい前の話だったと思う。
わたし達は何も言えず、ただ適当な相槌を打つしかなかった。見通しは暗かった。千代さんも焦燥と徒労感を感じ続けていて、どこかに限界が来ることは明らかだった。
田舎で家探しをする大変さ、特に自らのお店であったり、工房を持つという理想を持っている人にとって、その理想に見合った家を探すというのは、尋常ではない苦労がいる。下手に妥協してしまっても、後に待っているのは失敗するのが目に見えているし。
だからこそ、理想を目指すけど、その理想の物件が現れるのかは運命次第という地方移住の大問題が横たわっている。
日々の仕事の傍ら、物件探しを月に10件以上やっていた千代さんだったが、理想の条件をもった物件にはめぐり合えないでいた。暗中模索の状態だったと思う。わたし達も星空スペースをはじめることになる家にたどり着くまでに同じような思いを味わった。
追いかければ追いかけるほど遠のいていく、そういったときに感じる精神的ダメージほど人を衰弱させるものはない。天から見放されているんじゃないか、という運命的弱者の予感すら感じてしまうほどだ。
なんとか良いご縁がありますように、と祈るしかできない自分達の歯がゆさもあった。
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この日、ディナーとともに、スペシャルライブが開催された。
竹からもれる明かりに守られて、チーズを作るもの、書画を描くもの、ピアノを弾き歌を歌うものというカルテット。この組み合わせも世界初なんじゃないかな。
スペシャル演奏の前に、千代さんが日本一をとった所感と謝辞を述べられた。
その顔は自信に満ち、そしてこれからの野望に向かっていく決意としての熱量を十分に感じられた。
「世界平和のために」
千代さんが言う。その世界平和のためにチーズを作っている。書画を書いている。歌を歌っている。
それが道だという千代さんが言えば、世界は本当に平和になっていくように感じるから不思議だ。
そして、その正しさの証明のために、世界を目指す、世界一をとることが必要と力説する。わたし達も、極自然にその言葉を受け入れる。大多喜にある小さな工房が世界一をとるその姿が脳裏に鮮明に浮かび上がる。世界は少しずつ平和になっていく。
忘れかけていたもの、目指すべきものを思い出す。千代さんに向けた感謝の気持ちの源泉を見つける。誰しも、世界平和のために働いていれば、本当にそれが実現する日も遠からず来るのではないかなと信じれる気持ちがする。
薄明かりの中で続く演奏に揺られながら、ほろ酔いの気分で負けていられないという思いもまた徐々に強くなっていくのだった。
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割とこの写真は、奇跡としか言いようのない写真ではないかと思う。
この組み合わせで写真を撮ることが出来たのも、「日本一」という千代さんの結果があったからこそだ。
次この組み合わせで写真を撮るときは、チーズ工房【千】senが世界一をとったときだろう。
日々の何気ない日常に未来に向かう道を感じられるかどうかで、この世界はまったく違った彩りを見せてくれる。