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蛙旅記「別府湯道と油屋熊八」


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大分県別府市。

この発音の面白い名前の町が「温泉の町」であることを知らない日本人は、そう多くはないだろう。

別府温泉。日本最大の温泉地のひとつであり、町中を大小百を超える温泉場が湯気を吐き出している。

いまの町を見ると、ここがはるか昔から温泉とセットになった観光都市として栄えたと誰もが思ってしまうだろう。

しかし、実はこの別府温泉は比較的最近になって、日本中に名をとどろかせるほどに有名になったことを知る。

そしてまた、ある男が必死になって別府の名を広めようとしたことも。

 

別府駅に降り立つと、駅前に妙ちきりんな銅像が立っていた。

丸縁眼鏡をかけたおじちゃんが万歳をして笑っており、背広姿にもかかわらず靴は軍用靴。しかも背広のはしっこを、変な小悪魔みたいなものがつかんでぶら下がっている。

銅像の下には「子どもたちをあいしたピカピカのおじさん」というこれまたなぞの文字。

どうも、駅前によくあるような芸術的な銅像の類ではなさそうである。

かといって、大学や大企業にあるようなしかつめらしい銅像とも違う。

しかも、この銅像、割と大きくて、駅前のとても目立つところにあるのである。

町によくある銅像など普段はそこまで気に留めるでもないが、この銅像は、なぜこんなところにこんな妙な銅像が立っているのかと興味をそそられた。

この銅像のモデルこそ、別府の名を日本中に広めた人であり、今では別府の奥に九州最大のおしゃれスポットのひとつでもある湯布院を開発した人物である。

 

名前は、油屋熊八。

この男、2度も財産のほとんどすべてを失う経験をしている。

そして、流れ着いたのが妻子が身を寄せていた大分県別府市。ちなみに、油屋熊八は愛媛県宇和島の出身である。つまりは移住者だったということだ。

熊八が亀の井旅館をはじめたのが、49歳のときである。最初は妻と二人、ごくごく小さな旅館だったらしい。それが今は巨大資本に買収されてしまっているが、別府市最大級のホテルである亀の井ホテルの前身である。

別府生まれでもない、遅咲きのこの人物が、いかにして別府を世に知らしめていったのか、今風にいうとPRの天才的な能力と、驚異的な胆力の両方をあわせもつ男だったようだ。

「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを考案し、さらにこのフレーズを刻んだ標柱をこしらえて油屋熊八は全国を旅して回った。富士山の山頂にもこの柱を建てた。そうして、全国に話題を振りまいていったのである。

油屋熊八は、誰に頼まれたわけでもないのに、別府温泉を日本で一番有名な温泉地にしようと努力していた。しかも、そのほとんどは私財を通して行ったそうである。

そのことを、私は別府に行くまで知ることはなかった。しかし、別府の地で温泉につかり、たくさんの人々がこの別府という町を愛していることを知るに当たり、その礎を築いたとされる油屋熊八が何を考えていたのか、興味を持つことになった。

 

物を売る、商品を買ってもらう、サービスを使ってもらう、こうしたことを積極的に進めることを「営業」というが、営業の基本中の基本は「知ってもらう」ことであると思う。

しかし、人間というものは勝手なもので、自分の興味のあることは頼まれなくても首を突っ込もうとするが、そうでないものに関しては、見たり聞いたりすることですら労苦に感じ、時間の浪費と思ってしまう。

つまりは「知ってもらう」ということは、簡単そうで非常に難しいことなのだ。

その難しさを、きっと油屋熊八は理解していたのだ。

今の時代にあっても、油屋熊八が行ったことは立派なPR戦略として使えそうである。

脱線するが、地方創生と盛んに叫ばれる昨今であっても、この「知ってもらう」ことの大切さを誤解している人は多い。

先ほど、油屋熊八は「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを世に広めたと言ったが、これが大事だと勘違いしてしまうのである。

“これ”とはキャッチフレーズのこと。キャッチフレーズを考え出すのに必死になるくせに、そのキャッチフレーズが広まったのかどうかをなおざりにするような愚かしいことをよく目にする。

「知ってもらう」ことの大切さは、人間に付くのである。

きっと、その当時の全国の人々は、「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズをなんとかして広めようと滑稽なほどに努力していた油屋熊八に興味を持ち、人物を愛し、そして別府についつい行ってしまったのだと思う。

大胆すぎる行動力、世間の注目を浴びるための奇行、そしておかしなイベントの数々。油屋熊八は、常に世間に笑われながら、そういうことをやめなかった。しかも、現実的に、別府温泉が観光客の不満やニーズを満たすことにも地道に努力し続けた。今でも、油屋熊八が当時に提唱したおもてなしの精神が、別府の町には息づいているという。

その両輪がなってはじめて、観光都市「別府」が今も人々を町に呼び込み続けているのである。

温泉さえあれば人が来るのになあ、などとぼやいている暇があったら、人に「知ってもらう」ための努力を続けることなのだ。

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いつもは「ですます」調で文章を書くようにしておりますが、この旅記に限っては文体の都合上簡潔な「である」調にしています(星空スペース店長)

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